別れ、そして新たな出会い(マグカップ編)

こんにちは。フォルテの理系担当佐々木です。今日は4月にフォルテで起きたマグカップ事件について、そして、そこから派生して無常な世の中について?語ろうと思います。

 

愛用のマグカップとの別れ。

ある晴れた日の午後、その事件は突然やってきました。文系担当の上村が校舎の高い所の棚にある紙の束(B4のコピー用紙)を取ろうとしていました。それを取ろうとした瞬間、その紙の束のさらに上にあった紙の束(B5のコピー用紙)がスライドして落下してきて、その近くでコーヒーを飲もうと準備していた佐々木愛用のマグカップにヒットしました。その時ヒットして変わり果てた姿になったのがこちらです。

このマグカップは10年以上使い続けていた愛用のマグカップでドラゴンボールの神龍(シェンロン)をモチーフにしたマグカップです。10年以上前にゲームセンターのUFOキャッチャーのコーナーで一目ぼれして、100円玉を二十数枚使ってゲットした思い出の品です。そのマグカップに紙の束がヒットした瞬間は3秒間ぐらい唖然としてしまいました。約10年間共に戦ってきた戦友を失ったようなショックでした(大げさすぎるだろと思われるかもしれませんが…)。ですが、ここで私の口からとっさに出た一言が『これはいいブログのネタになる』という言葉でした。若かりし頃の自分であれば、恐らく悲しんでいるか怒っているかのどちらかだったに違いありません。手前味噌ですが、自分が発した言葉によって人がどう思うかを少しは考えるようになってきたのかな?と感じました。ただ、人間的にはまだまだ未熟なため、『あの時こう言えばもっと相手に不快な思いをさせなかったかな』と後から反省することが日常茶飯事です。逆に、自分が相手にイラっとするようなことを言われたとしても、そこですぐに反論するのではなく、『自分だったらこういう言い方をするのにな。』とか『まだまだ(精神的に)若いな。』などと考えるとそんなに怒りがわいてこなくなります。昔読んだ斎藤一人さんの『二千年たってもいい話』という本に載っていたのですが、もしあなたの身近(会社の上司や学校の先輩など)に嫌な人がいたら、『嫌なヤツ』などと言わずに『達人』と呼びましょう、と書いてありました(笑)。『いやあ、うちの会社(部活)に達人がいてさ。いや、一部の隙もないんだよ。』とか『おまえのとこの達人、最近、何してる?』とかって言うのです。これは皮肉な言い方ではあるのですが、ただの愚痴にならずに笑い話になるので良かったら使ってみてください。

 

新しいマグカップとの出会い

神龍のマグカップがこの世を去って約10日後のゴールデンウィーク明け初日、新たな仲間が忽然(こつぜん)と姿を現しました。その仲間がこちらです。

こちら、文系担当の上村が買ってきてくれました。しかもマスキングテープ付きで!何よりも嬉しかったのが、広島カープファンの私のためにわざわざ東京の銀座まで足を運んでマグカップを買ってきてくれたことです(泣)。感謝、感激、雨、嵐です。そもそも、銀座にひろしまブランドショップTAU(http://www.tau-hiroshima.jp/)なる店があることも知りませんでした。

その後に調べた情報と上村の話によると、関東近郊でもトップクラスにカープグッズが充実しているとのことです。また広島の物産や同じく広島を本拠地とするサンフレッチェ広島グッズ(サッカーチーム)など様々なものが数多く取り揃えられているみたいなので興味のある方はぜひ!JR有楽町駅から徒歩10分弱で行けます。ちなみに一つ申し上げておくと、私は生まれも育ちも神奈川ですが、小さい時からカープファンです(にわかではありません)。

 

別れと出会い

人には、別れがあり出会いがある。それと同じで、ものにも別れがあり出会いがある。むしろ、別れがあるからこそ新たな出会いがある。永遠不滅なものなど存在しない。私は今回のマグカップの一件で、この真理を実感しました。

ここで2つほど出会いや別れに関する四字熟語を挙げてみたいと思います。

『一期一会(いちごいちえ)』

一生に一度だけの機会。生涯に一度限りであること。出会いを大切にすることのたとえ。豊臣秀吉に仕えた茶人の千利休の弟子、山上宗二(やまのうえそうじ)の本に「一期に一度の会」とあり、茶道の心得を表した言葉として有名です。

「これから幾たびも茶会を開く機会があっても、この茶会と全く同じ茶会を二度と開くことは出来ない。だから、茶会は常に人生で一度きりのものと心得て、相手に対して精いっぱいの誠意を尽くさなければならない。」

さすが茶人!良いことを言いますね。一日一日を大切に、出会いを大切にしていきたいものです。

『会者定離(えしゃじょうり)』

この世で出会った者は、いつか必ず離れ離れになる運命にあるということ。この世の無常を説いた言葉。別れの悲しみや、愛のはかなさ、人生のはかなさをあらわすが、それは出会う喜びがあったからこそである。始めがあれば終わりがあり、楽があれば苦があるのと同じように訪れるものなのだから、別れが来るまでの時間を大切にすることが大事だという意味が込められています。

このように「世の中では常に人や物が移り変わっており、永遠なるものはない(=無常)」という内容が出てくる作品で最も有名なのは平家物語でしょう。大人であれば誰しもが中学生の時に授業で習ったであろう、平家物語第一巻の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色・・・」。私もはるか昔に中学校の教科書に出てきて暗唱した記憶が…。『平家物語』は平家の興隆と没落を描くことで無常を示していますが、何も無常なのは平家だけではなく、私たちも同じで、人には必ず寿命があります。やはり一日一日を大切に生きていきたいですね。

 

終わりに

神龍のマグカップの話からなぜか平家物語へとよくわからない展開になってしまいましたが、自分で書いていて久しぶりに平家物語を読んでみたくなりました。読書は自分を成長させてくれる必要不可欠なものなので、時間があればなるべく本を読むようにしています。こちらの記事でも紹介した通り、フォルテでも生徒に読書の素晴らしさをわかって欲しいと思い、塾に貸し出し用の本棚を設置しました。それと、現在フォルテでは様々な高校の在校生や卒業生にインタビューをして、その高校の魅力や特徴をお伝えできればと思っています(第一弾の戸塚高校に関する記事がこちら)。この記事内でも触れていますが、ただいま自分の高校の魅力について語ってくれる関係者(佐々木または上村の教え子)を絶賛大募集中です。お気軽に教室までご連絡ください(045-334-8930 またはforte.idogaya@gmail.com まで)!それと、前回ブログを書いたことにより、大手塾時代に教えていた生徒からコメントをもらってめちゃくちゃ嬉しかったです。なのでコメントも是非お待ちしています。それでは最後に名言・格言を。

『人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦(あし)にすぎない。しかしそれは考える葦である』

パスカル(フランスの思想家)

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