人生を豊かにする芸術作品①映画『ドリーム』

こんばんは。フォルテの文系担当の上村です。

今回は新シリーズで、全小中学生にオススメの映画や小説などを紹介していきます。このシリーズで紹介するのは、私の考える「良い芸術作品」です。

ここでいう「良い芸術作品」とは、その作品に触れることで私たちが「何かしら成長できる」「何かを考えるきっかけを得られる」「何かしらを学べる」「モチベーションが高まる」作品を指しています。

優れた芸術作品(小説でも音楽でも絵画…etc)に触れることで私たちの人生は豊かになります。ここで紹介する良い芸術作品に触れることで少しでも子どもたちの人生が豊かになってくれればと思っています。

そして今回記念すべき第一弾として紹介するのは映画『ドリーム』(2016年)です。これ、本当に超絶オススメですよ!

あらすじ(公式HPより引用)

1961年、アメリカはソ連との熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。NASAのラングレー研究所には、ロケットの打ち上げに欠かせない“計算”を行う優秀な黒人女性たちのグループがあった。そのひとり、天才的な数学者キャサリンは宇宙特別研究本部のメンバーに配属されるが、そこは白人男性ばかりの職場で劣悪な環境だった。仲の良い同僚で、管理職への昇進を願うドロシー、エンジニアを目指すメアリーも、理不尽な障害にキャリアアップを阻まれていた。それでも仕事と家庭を両立させ夢を追い続けた3人は、国家的な一大プロジェクトに貢献するため自らの手で新たな扉を開いていくのだった……。

 

前提となる知識(時代背景)

小中学生がこの映画を観る上で、事前に知っておいた方が良いことをいくつか紹介しますね。

冷戦

この映画の舞台となっている1961年は、アメリカを中心とする資本主義国家とソ連(現在のロシアを中心とする国々による連邦国家)を中心とする社会主義国家が対立していました。とはいえ、アメリカとソ連は、直接的な戦火を交えた対立ではありませんでした。このような対立を冷戦と呼びます。冷戦は第二次世界大戦の終戦直後(1945年)からソ連解体(1991年)まで続きました。この対立の中で、アメリカとソ連の間では激しい宇宙開発競争が展開されていたのです。ちなみに、この宇宙開発の技術は兵器開発にもつながるので、両国はただの宇宙へのロマンを求めていたのではなく、国家の存亡をかけて宇宙開発競争をしていたのでした。

 

2つの差別問題

この映画における大きなテーマの1つは差別で、それは「女性差別」と「黒人に対する人種差別」です。当時、女性は男性に比べ社会的地位が今とは比べ物にならないほど低かったのです。そして、アメリカの人口の多くを占めていた白人に対して、少数派である黒人は元々が奴隷として連れて来られたという歴史的背景もあって、自由や権利がかなり制限されていたのです。この映画でも描かれていますが、仕事場、図書館、バスの座席、トイレすら白人用と黒人用で分かれていたほどです。今回のNASAの施設(ラングレー研究所)があるバージニア州はアメリカの南部に位置し、黒人差別が特に酷い地域でした。

 

マーキュリー計画

この映画の舞台となる時期は、直前にソ連が人類初の宇宙飛行に成功しており、先を越されてしまったアメリカは国家を挙げて、早急に有人宇宙飛行を成功させる必要がありました。ちなみにこの時にソ連で宇宙飛行に成功したのが「地球は青かった」という言葉で有名なガガーリンという宇宙飛行士です。そこで、アメリカは地球の周りをまわる軌道上に宇宙飛行士を送り、安全に地球に帰還させる有人宇宙飛行計画を発表します。それが「マーキュリー計画」です。その計画に計算係として動員されたのが今回の主人公たちです。ちなみに同じようにこのマーキュリー計画を、宇宙飛行士に焦点を当てて描いた『ライトスタッフ』(1983年)という映画もあり、こちらも良い映画です。

 

『ドリーム』の注目すべきポイント

この映画を観てまず驚くのが、1960年代にはスペースシャトルの発射や着水の軌道の計算を人の手(しかも多くの黒人女性が登用されていた!)でやっていたということです。この計算をする人のことを「コンピューター(computer)」と呼んでいました。computeというのが「計算する」という意味の単語ですから、「計算する人」って意味ですね(YouTubeとYouTuberみたいな関係ですね)。

そうです、今ではコンピューターといえば、パソコンとかの「機械(コンピューターマシーン)」を指しますが、元々は「人」を指す言葉だったんですね。劇中に登場する最新のコンピューター(IBM)が本格的に導入されることによって、コンピューターによる計算が中心になっていきます。

この映画の魅力の一つは、登場人物たちの変化・成長です。最初は主人公たちのことを「黒人」「女」として見下していたような態度をとっていたNASAの職員たちは、彼女たちの仕事ぶりや資質を間近で目にするうちに段々と彼女たちのことを認めるようになっていき、彼女たちに対する態度にも変化が生まれます。その最たるものが、この映画の最後のシーン。ほんの何気ない日常の動作なのですが、そこまでのストーリーを思い返すと涙が出るほど素晴らしいシーンです。同じように主人公の家族ですら、差別とまではいかなくても「女性」に対する偏見があったことが描かれています。「そういう仕事は女性の君がすべきではない」「女性なんだからそんな仕事に就くのは無理だよ」とかいったセリフです。しかも、それを言う人に決して悪気はないのです。つまり、差別や偏見は無意識のうちにもその人に根付いていることがあるということです。ただ、その家族の変化・成長が描かれていて、これまたとても感動的です。

一方でNASA職員の中にも、肌の色や性別に拘わらず彼女たちの能力をしっかりと評価して重要な仕事を任せるプロジェクトのリーダーや中間管理職もいます。そして、人種・性別・経歴を超えて皆がチームとなって難題に取り組むことで、素晴らしい成果を上げることができるのです。これは監督自身もテーマの一つだと語っており、主人公の3名の女性たちは常に「チーム」を強調しています。この主人公の女性たちは実在の人物が完全にモデルになっているのですが、その中で唯一ご存命のキャサリン・ゴーブル・ジョンソンさん(なんと現在100歳!)もインタビューの際に「あなたの功績は素晴らしいですね。」と言われたのに対して、「私はあくまでメンバーの一員です。みんなで成し遂げたのです。」というスタンスの発言をしていたと映画のパンフレットに載っていました。また、劇中でもドロシーがキャサリンとメアリーが順調にステップアップする中、自分だけ前進できていない状況を2人に愚痴りますが、その時にも「でも、勘違いしないで。二人の前進は、私たちチームの前進よ。」と言っています。

さらにこの映画の優れている点は、「反復法」の素晴らしさです。一般的には国語の文章の表現技法ですが、この映画内では特定の行動が劇中で何度も繰り返されます。それが主人公の過去と現在のつながりを示していたり、同じ行動の中にある小さな変化が登場人物の変化・成長を表していたりするのです。これは映画ならではの素晴らしい映像表現です。これらを変に登場人物が下手なセリフで言ってしまったり、小説で何の工夫もなく文字に起こしてしまったりすると野暮ったくなって台無しです。

最後にこの映画をより高いレベルに昇華しているのが、ファレル・ウィリアムスによる音楽です。映画全体に配された、映画の舞台となる60年代風のソウルミュージックの数々は日本語で端的に表すと「ごきげん」です。差別をテーマにしておきながら、映画自体が暗くならずにポジティブな雰囲気で進み、観終わった後に爽快感が残るのは、間違いなくこの音楽の効果に他なりません。

 

映画のタイトルに関して

この映画、原題(アメリカでの正式タイトル)は『Hidden Figures』です。hidden(ヒドゥン)は「隠れた、隠された」という意味で、figure(フィギュア)は「姿」「数字」「計算」などの意味があります。つまり、このタイトルは主人公の3名の女性たち自身のことであり、主人公が計算したマーキュリー計画における軌道計算のことを指しているんですね。上手いタイトルです。実際に「マーキュリー計画の裏には、黒人女性たちの活躍があった」という事実はこの映画の原作となる本が出版されるまで一般人はおろか、現在NASAで働く職員にも知られていなかった話だそうです。

ちなみに、邦題は当初、『ドリーム ~私たちのアポロ計画~』というタイトルでした。アポロ計画とはご存知の通り、月面着陸を目指したアメリカの宇宙計画のなので、今回のマーキュリー計画とは別物です。なので、流石に多方面から批判が殺到し、この副題は削除され『ドリーム』の邦題で公開されました。確かに多くの日本人が宇宙開発と聞いて真っ先に思い浮かぶのがアポロ計画でしょうから、気持ちはわからなくはないですけどね。

ただ、この『ドリーム』というタイトルも個人的にはどうかなと思います。というのも、この映画の大事なところは、「主人公たちが思い描いた大きな夢を実現する」というよりは、「主人公たちの持っている能力や資質に対して正当な評価を得る」という物語なので。当時、「アメリカが有人宇宙飛行を成功させる」というのも国民の「夢」というよりは、国家の威信をかけた「政策」でしたので、やはり原題に沿った気の利いた邦題が付けられていれば良かったのにな、と思います。

 

最後に

とはいえ、もちろんイケてない邦題と映画自体のクオリティは全く無関係です。この映画は控えめに言っても、名作中の名作です。何なら、道徳の時間にでも全小中学校で上映して子どもたちに見せるべき作品です。子どもから大人までほぼ確実に楽しめる本当に良い作品なので、今回はブログのシリーズ第一弾として取り上げました。

人種や性別の壁にぶつかっても、自分の力や可能性を信じて、必死にもがくことで乗り越えようとする主人公たちの姿を見ていると、誰しもが胸に熱いものを感じるでしょう。そして、今後同じように自分が壁にぶつかっても、必死にもがいて乗り越えてやろうという気持ちになれるはずです。またこのような差別を扱った作品を通して、歴史を知り、人の気持ちや痛みを想像することが出来るようにもなれると思いいます。

フォルテでは本作のDVDを教室に置くので、もしフォルテ生で「観てみたいなぁ。」という人がいたら上村に声をかけてくださいね。いつでもお貸ししますよ♪(上村自身は個人的にブルーレイを持っているので、ブルーレイ希望の場合も対応しますー。)

今回は以上です。ではまた!

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