人生を豊かにする芸術作品①映画『ドリーム』

こんばんは。フォルテの文系担当の上村です。

今回は新シリーズで、全小中学生にオススメの映画や小説などを紹介していきます。このシリーズで紹介するのは、私の考える「良い芸術作品」です。

ここでいう「良い芸術作品」とは、その作品に触れることで私たちが「何かしら成長できる」「何かを考えるきっかけを得られる」「何かしらを学べる」「モチベーションが高まる」作品を指しています。

優れた芸術作品(小説でも音楽でも絵画…etc)に触れることで私たちの人生は豊かになります。ここで紹介する良い芸術作品に触れることで少しでも子どもたちの人生が豊かになってくれればと思っています。

そして今回記念すべき第一弾として紹介するのは映画『ドリーム』(2016年)です。これ、本当に超絶オススメですよ!

あらすじ(公式HPより引用)

1961年、アメリカはソ連との熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。NASAのラングレー研究所には、ロケットの打ち上げに欠かせない“計算”を行う優秀な黒人女性たちのグループがあった。そのひとり、天才的な数学者キャサリンは宇宙特別研究本部のメンバーに配属されるが、そこは白人男性ばかりの職場で劣悪な環境だった。仲の良い同僚で、管理職への昇進を願うドロシー、エンジニアを目指すメアリーも、理不尽な障害にキャリアアップを阻まれていた。それでも仕事と家庭を両立させ夢を追い続けた3人は、国家的な一大プロジェクトに貢献するため自らの手で新たな扉を開いていくのだった……。

 

前提となる知識(時代背景)

小中学生がこの映画を観る上で、事前に知っておいた方が良いことをいくつか紹介しますね。

冷戦

この映画の舞台となっている1961年は、アメリカを中心とする資本主義国家とソ連(現在のロシアを中心とする国々による連邦国家)を中心とする社会主義国家が対立していました。とはいえ、アメリカとソ連は、直接的な戦火を交えた対立ではありませんでした。このような対立を冷戦と呼びます。冷戦は第二次世界大戦の終戦直後(1945年)からソ連解体(1991年)まで続きました。この対立の中で、アメリカとソ連の間では激しい宇宙開発競争が展開されていたのです。ちなみに、この宇宙開発の技術は兵器開発にもつながるので、両国はただの宇宙へのロマンを求めていたのではなく、国家の存亡をかけて宇宙開発競争をしていたのでした。

 

2つの差別問題

この映画における大きなテーマの1つは差別で、それは「女性差別」と「黒人に対する人種差別」です。当時、女性は男性に比べ社会的地位が今とは比べ物にならないほど低かったのです。そして、アメリカの人口の多くを占めていた白人に対して、少数派である黒人は元々が奴隷として連れて来られたという歴史的背景もあって、自由や権利がかなり制限されていたのです。この映画でも描かれていますが、仕事場、図書館、バスの座席、トイレすら白人用と黒人用で分かれていたほどです。今回のNASAの施設(ラングレー研究所)があるバージニア州はアメリカの南部に位置し、黒人差別が特に酷い地域でした。

 

マーキュリー計画

この映画の舞台となる時期は、直前にソ連が人類初の宇宙飛行に成功しており、先を越されてしまったアメリカは国家を挙げて、早急に有人宇宙飛行を成功させる必要がありました。ちなみにこの時にソ連で宇宙飛行に成功したのが「地球は青かった」という言葉で有名なガガーリンという宇宙飛行士です。そこで、アメリカは地球の周りをまわる軌道上に宇宙飛行士を送り、安全に地球に帰還させる有人宇宙飛行計画を発表します。それが「マーキュリー計画」です。その計画に計算係として動員されたのが今回の主人公たちです。ちなみに同じようにこのマーキュリー計画を、宇宙飛行士に焦点を当てて描いた『ライトスタッフ』(1983年)という映画もあり、こちらも良い映画です。

 

『ドリーム』の注目すべきポイント

この映画を観てまず驚くのが、1960年代にはスペースシャトルの発射や着水の軌道の計算を人の手(しかも多くの黒人女性が登用されていた!)でやっていたということです。この計算をする人のことを「コンピューター(computer)」と呼んでいました。computeというのが「計算する」という意味の単語ですから、「計算する人」って意味ですね(YouTubeとYouTuberみたいな関係ですね)。

そうです、今ではコンピューターといえば、パソコンとかの「機械(コンピューターマシーン)」を指しますが、元々は「人」を指す言葉だったんですね。劇中に登場する最新のコンピューター(IBM)が本格的に導入されることによって、コンピューターによる計算が中心になっていきます。

この映画の魅力の一つは、登場人物たちの変化・成長です。最初は主人公たちのことを「黒人」「女」として見下していたような態度をとっていたNASAの職員たちは、彼女たちの仕事ぶりや資質を間近で目にするうちに段々と彼女たちのことを認めるようになっていき、彼女たちに対する態度にも変化が生まれます。その最たるものが、この映画の最後のシーン。ほんの何気ない日常の動作なのですが、そこまでのストーリーを思い返すと涙が出るほど素晴らしいシーンです。同じように主人公の家族ですら、差別とまではいかなくても「女性」に対する偏見があったことが描かれています。「そういう仕事は女性の君がすべきではない」「女性なんだからそんな仕事に就くのは無理だよ」とかいったセリフです。しかも、それを言う人に決して悪気はないのです。つまり、差別や偏見は無意識のうちにもその人に根付いていることがあるということです。ただ、その家族の変化・成長が描かれていて、これまたとても感動的です。

一方でNASA職員の中にも、肌の色や性別に拘わらず彼女たちの能力をしっかりと評価して重要な仕事を任せるプロジェクトのリーダーや中間管理職もいます。そして、人種・性別・経歴を超えて皆がチームとなって難題に取り組むことで、素晴らしい成果を上げることができるのです。これは監督自身もテーマの一つだと語っており、主人公の3名の女性たちは常に「チーム」を強調しています。この主人公の女性たちは実在の人物が完全にモデルになっているのですが、その中で唯一ご存命のキャサリン・ゴーブル・ジョンソンさん(なんと現在100歳!)もインタビューの際に「あなたの功績は素晴らしいですね。」と言われたのに対して、「私はあくまでメンバーの一員です。みんなで成し遂げたのです。」というスタンスの発言をしていたと映画のパンフレットに載っていました。また、劇中でもドロシーがキャサリンとメアリーが順調にステップアップする中、自分だけ前進できていない状況を2人に愚痴りますが、その時にも「でも、勘違いしないで。二人の前進は、私たちチームの前進よ。」と言っています。

さらにこの映画の優れている点は、「反復法」の素晴らしさです。一般的には国語の文章の表現技法ですが、この映画内では特定の行動が劇中で何度も繰り返されます。それが主人公の過去と現在のつながりを示していたり、同じ行動の中にある小さな変化が登場人物の変化・成長を表していたりするのです。これは映画ならではの素晴らしい映像表現です。これらを変に登場人物が下手なセリフで言ってしまったり、小説で何の工夫もなく文字に起こしてしまったりすると野暮ったくなって台無しです。

最後にこの映画をより高いレベルに昇華しているのが、ファレル・ウィリアムスによる音楽です。映画全体に配された、映画の舞台となる60年代風のソウルミュージックの数々は日本語で端的に表すと「ごきげん」です。差別をテーマにしておきながら、映画自体が暗くならずにポジティブな雰囲気で進み、観終わった後に爽快感が残るのは、間違いなくこの音楽の効果に他なりません。

 

映画のタイトルに関して

この映画、原題(アメリカでの正式タイトル)は『Hidden Figures』です。hidden(ヒドゥン)は「隠れた、隠された」という意味で、figure(フィギュア)は「姿」「数字」「計算」などの意味があります。つまり、このタイトルは主人公の3名の女性たち自身のことであり、主人公が計算したマーキュリー計画における軌道計算のことを指しているんですね。上手いタイトルです。実際に「マーキュリー計画の裏には、黒人女性たちの活躍があった」という事実はこの映画の原作となる本が出版されるまで一般人はおろか、現在NASAで働く職員にも知られていなかった話だそうです。

ちなみに、邦題は当初、『ドリーム ~私たちのアポロ計画~』というタイトルでした。アポロ計画とはご存知の通り、月面着陸を目指したアメリカの宇宙計画のなので、今回のマーキュリー計画とは別物です。なので、流石に多方面から批判が殺到し、この副題は削除され『ドリーム』の邦題で公開されました。確かに多くの日本人が宇宙開発と聞いて真っ先に思い浮かぶのがアポロ計画でしょうから、気持ちはわからなくはないですけどね。

ただ、この『ドリーム』というタイトルも個人的にはどうかなと思います。というのも、この映画の大事なところは、「主人公たちが思い描いた大きな夢を実現する」というよりは、「主人公たちの持っている能力や資質に対して正当な評価を得る」という物語なので。当時、「アメリカが有人宇宙飛行を成功させる」というのも国民の「夢」というよりは、国家の威信をかけた「政策」でしたので、やはり原題に沿った気の利いた邦題が付けられていれば良かったのにな、と思います。

 

最後に

とはいえ、もちろんイケてない邦題と映画自体のクオリティは全く無関係です。この映画は控えめに言っても、名作中の名作です。何なら、道徳の時間にでも全小中学校で上映して子どもたちに見せるべき作品です。子どもから大人までほぼ確実に楽しめる本当に良い作品なので、今回はブログのシリーズ第一弾として取り上げました。

人種や性別の壁にぶつかっても、自分の力や可能性を信じて、必死にもがくことで乗り越えようとする主人公たちの姿を見ていると、誰しもが胸に熱いものを感じるでしょう。そして、今後同じように自分が壁にぶつかっても、必死にもがいて乗り越えてやろうという気持ちになれるはずです。またこのような差別を扱った作品を通して、歴史を知り、人の気持ちや痛みを想像することが出来るようにもなれると思いいます。

フォルテでは本作のDVDを教室に置くので、もしフォルテ生で「観てみたいなぁ。」という人がいたら上村に声をかけてくださいね。いつでもお貸ししますよ♪(上村自身は個人的にブルーレイを持っているので、ブルーレイ希望の場合も対応しますー。)

今回は以上です。ではまた!

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「勉強している」のに 成績が上がらない生徒の特徴

こんにちは。フォルテの理系担当の佐々木です。今日は「勉強している」のに成績が上がらない生徒の特徴について考えていきたいと思います。

十数年間、塾で教えていると、成績がどんどん上がっていく生徒もいれば、なかなか上がっていかない生徒まで様々います。たまに、なぜこの生徒はこんなに成績が上がったのだろう?と不思議に思うこともありますが、逆に成績が上がらない生徒にはいくつかの共通の特徴があるように思います。まさしく、『勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。』という言葉の通りです。これは、プロ野球の往年の名捕手・名監督である野村克也さんがよく使っている言葉です(実際は、平戸藩9代藩主である松浦静山の書いた剣術指南書「剣談」の中の言葉です)。前置きが長くなってしまいましたのでそろそろ本題に…

 

問題の解きっぱなしが多い

例えば、生徒の宿題をチェックしていると、宿題の該当ページの問題をやっただけで、丸付けが全くされていないノート(宿題自体をやっていないというのは問題外です)。これでは、どこが合っていてどこが間違えているのか全くわかりません。たとえ丸付けをしてあっても、〇×のみ。少しレベルが上がったとしても、間違えた問題の正答を書いて終わり。こちらがきちんとした宿題のやり方を伝えない限り、ここまでで終わりにする生徒がとても多いように思います。勉強が出来るようになる一番の近道は「出来なかった問題を出来るようにする!!」これを続ければ間違いなく成績は上がります。これは疑いの余地がありません。ですが、宿題をやることでいっぱいいっぱい、または、宿題をやったという既成事実を作ることを目的にしていると、そこまでたどり着くことは出来ません。このような子は、先生もしくは親に怒られないようにすることが目的になってしまっているため、出来ているかどうかは重要ではなく、宿題を終わらせたかどうかしか考えていないのです。

 

集中している時間が短い

次に、集中している時間についてですが、例えば、18時から19時まで勉強するとします。まず18時に問題集や参考書を取り出し、シャーペンや消しゴムを出し、該当のページを開くのに1分以上かかったりします。そして、問題を解き始めたと思ったら、ノートの端に落書きをし始め、また少しやったら、ぼーっとし、今日の夕飯の事を考えたりします。そのうちのどが渇いて飲み物を…この調子で19時になると「よしっ、今日は一時間も頑張った。」と勘違いし、本人は至極満足感でいっぱいになっていたりします。こんな状態だと、机の前に座っていた時間は一時間あっても、正味20分も勉強していません。ちょっと大袈裟に思うかもしれませんが、このような集中力のない子は沢山います。こういう場合は、家での勉強であれば、子供部屋ではなくリビング等の親の目の行き届く所で、タイマーで時間を計ってやらせる方が効果は圧倒的に高くなります。(集中力を持続させる具体的な方法に関しては、また別の機会で取り上げます。)

 

インプットに時間をかけすぎている

まず、勉強におけるインプットとは、教科書や参考書などで知らなかった事を覚える(頭に入れる)作業で、アウトプットとは、問題集などで覚えたことがしっかりと身についているかを試す(頭から出す)作業です。例えば、理科や社会で教科書の内容を自分なりにまとめたり、数学で頑張って公式を覚えたりというインプット作業をしただけでは、テストで点数は取れません。また、サッカーが上手くなるために本やDVDでテクニックを学んでも、実際にボールを蹴って何度も練習しなければ上達しないのと同じで、自分が苦手なところや難しい問題については、間違えたところは何度も解き直したり、解説を確認して覚えなおしたりするという反復作業を行うことで初めて出来るようになるのです。問題を解くこと以外にも、友達に勉強を教えるというのもかなり有効なアウトプット術です。(アウトプットに関する具体的な方法も、別の機会で取り上げる予定です。)

 

そもそも勉強時間が短い

今まで主に勉強の質に関して話してきましたが、成績を上げるためには、質も大事ですが、勉強時間の確保もとても重要になります。例えば、定期テストの直前の土曜日や日曜日などで塾や家で合計3時間くらい勉強しただけで、「あー、今日もよく頑張ったなあ」と満足そうな顔をしている子がいます。当然ですが、定期テストの前で部活等がなければ3時間程度の勉強では多いとは言えません。頑張っている生徒は、塾や家でその2倍も3倍も4倍も努力しています。よく、「〇〇ちゃんは頭がよくていいなー」などと言っている子がいますが、こちらからすれば、「頭が良いのではなく、君の何倍も努力をしているから出来ているんだよ!」と突っ込みたくなります。繰り返しになりますが、やはり勉強は質も大事ですが、まずはある程度の勉強量をこなすことも非常に重要だと思います。

 

終わりに

「勉強している」のに成績が上がらないという人は、上記の4つのどれかに当てはまっていないでしょうか?むしろ複数当てはまっているという人も多いのではないでしょうか?もう一度今までやってきた自分の勉強法を見直し、修正が必要なところは修正していって下さい。そういった当たり前のことを当たり前に出来るようになると、自ずと結果はついてきます。

 

最後に孔子の言葉で終わりにしたいと思います。

過ちを改めざる。これを過ちという』。

何気ない一言の持つ力。

こんにちは、フォルテの文系講師の上村です。今日は、私の支えになっている一言についての話です。 

高校時代のアルバイト経験

私は、高校1年生の春から高校2年生の2月までの約2年間、実家の近所のデニーズというファミレスでアルバイトをしていました。最初半年間は皿洗いで、その後キッチンに昇格(?)して働きました。

デニーズでのアルバイトを通して、働く上での責任感や社会のしくみの一端を知ることができ、また同時に複数の作業をする(例えば、ハンバーグを焼きながら、パンをオーブンに入れ、サラダを皿に盛るなど。)必要があるため、頭で考えながら動くことを学びました。今、思い返しても、とても良い経験だったと思います。自分で稼いだお金で好きなものを買う喜びも知りました。

また、中学受験をした私は、地元での友達が少なかったため(これ、中学受験組あるあるです!)、デニーズで小学生のころの友人と再会したり、その友人経由で新たな友人が出来たりもしました。

 

店長から言われた一言

そんな中でアルバイトを始めて半年くらいたった時に言われた、ある一言が今でも私の印象に残っています。

 

「カミちゃんはガッツがあるから良いよね。」

※「カミちゃん」というのは私(上村)のあだ名です。

 

これは当時のアルバイト先の店長である海老原さんから言われた言葉です。海老原さんは私の12歳上(干支が一緒ということが印象深く覚えています。)の当時20代の若い店長でした。 

海老原さんは、高校時代は水泳部というバリバリの体育会系で、それもあってか精神論が多かったですが、自身がアルバイト上がりの社員だったこともあり、私たち高校生のバイト勢にとても気さくに話しかけてくれて、私たちはみんな海老原さんが好きでした。

当時、私と同じタイミングでアルバイトを始めた高校1年生のうちの数人が既に辞めてしまっていた状況だったので、とりあえず半年間辞めずに続けていた私に対して労いの意味を込めて何気なく言った一言だとは思います。

私は性格的にどうやら負けず嫌いのようで、何かを途中で諦めるというのがあまり好きでありません。事実、デニーズでのアルバイトも大変なことやヘコむことも多くあったかと思いますが、自分から辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。実際に辞めたのは、大学入試に向けての受験勉強をするためで、それは親との約束だったので、仕方なくといった感じでした。

しかし、今考えれば、海老原さんから言われた一言が、どこかで自己肯定感に繋がり、キツイ時にもうひと踏ん張りする支えとなっていたのだと思います。それはデニーズでのアルバイト時代だけでなく、高校3年生になって本格化した受験勉強や大学生になってから始めた塾講師という仕事の上でも同じことが言えます。どんなに辛いことや大変な場面でも「俺にはガッツがある。だからこれを絶対乗り越えてやる!」と自然と頑張ることができたのです。

 

「ガッツがある」というホメ言葉

こんな自身の経験から、私の中で「ガッツがある」というのは最上級に価値のあるホメ言葉なのです。今まで、10年以上塾の講師をしていますが、毎年送り出す数十人の受験生の中でも本当に「ガッツがある」と言えるような子は、1学年に1人いるかいないかですね。

ちなみにここでの「ガッツがある」の定義ですが、私的には今までの経験上、「ガッツがある」と感じた生徒に共通しているのは以下のことです。

①極度の負けず嫌いである。

②安易に塾を休まない。

③問題が解けなかったときに涙を流すほど悔しがる。

④圧倒的な量をこなす。

⑤こだわりやブレない軸を持っている

 これらを持ち合わせているので当然と言えば当然ですが、私が今までに「ガッツがある」と感じた生徒の高校受験での公立志望校の合格率は100%です。

フォルテでもこのような「ガッツがある」子との出会いを楽しみにしています。

 

言葉の持つ力

このように誰かの何気ない一言が言われた人の支えになることがあります。私自身も卒業生たちから「先生の言葉が印象に残っています。」「あの時の先生の言葉で私のスイッチが入りました。」などなど言われた経験が多くありますが、当の私自身が覚えているものもあれば、申し訳ないけど覚えていないものもあります。でもこう言ってもらえるのは正直に嬉しいです。

ただこのように言われるのは、光栄であるのと同時に身が引き締まる思いにもなります。このように私の何気ない一言が相手にとってプラスになることがあれば、その逆もまたあると思うからです。これからも言葉の持つ力を信じるとともに十分に気を付けながら子どもたちに言葉をかけたいと思います。

 

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「これって将来役に立つんですか?」という質問に対して思うこと。

こんにちは、フォルテの文系講師の上村です。

今回はよく生徒からされる質問について書きました。

 

よく生徒からされる質問

この仕事をしていると、よく生徒(特に中学生)からある種の質問をされます。

 

例えば、

先生、数学の二次関数って将来役に立つんですか?

のような質問です。

 

純粋な好奇心から質問してくる子もいなくはないのですが、大抵の場合、この質問の裏には、

どうせ、将来使わないんでしょ?なのになぜ勉強しなきゃいけないの?

という本音が見え隠れしています。

 

いや、何なら

大人に対して一言物申してやったぜ!

くらいの気持ちすらあるかもしれませんね。

 

実際に同じような質問をお子様からされたことがあるという保護者様もいらっしゃるのではないでしょうか? この質問に対して私なりの考えを述べます。

 

私なりの考え

上記の質問に対して私なりに答えると、

う~ん、役に立つかもしれないし、立たないかも知れない。まぁ、二次関数であれば役立たない可能性の方が高いかもね。でもやらなきゃいけないことだよ。

です。現に日常生活を送っていて、一部を除いて、ほとんどの人にとっては仕事でもプライベートでも二次関数の知識が必要な場面はまずないでしょう。これは数学の二次関数に関わらず、漢文の返り点や理科のイオンなど挙げればきりがないです。

それでも勉強しなければならないです。その理由を今回は3つ、以下に挙げます。

 

理由①「もしかしたら役に立つかもしれないから。」

人間は子どもの段階では、自分が将来どのような仕事に就くか、どのような人と出会うかなど、自分がこの先どのような人生を送るかというのは当然ながら全くわかりません。例えば、今ユーチューバー(YouTuber)として活躍している方々が10年前に同じ青写真を描いていたでしょうか?ほとんどのユーチューバー(YouTuber)がそうではなかったでしょう。

私自身も中学生の頃に、自分が塾の講師になるとは全く思っていませんでした。なので、予め「これを勉強しても将来絶対に役に立たない!」と言い切れることはないと思います。もしかしたら自分がいま嫌々勉強していることが自分の将来の可能性を広げるかもしれません。

同様に、学校での勉強以外のことでも将来役に立つことは多いと思います。なので、色々なことに興味を持つことは非常に良いことです。私個人の経験としては、中学生・高校生の頃に聞いていた洋楽やよくケーブルテレビで見ていたアメリカのプロレスがその後の英語の学習に役立ちました(特に「ウォール・オブ・ジェリコ」とか「ピープルズエルボー」などのプロレスの技の名前は本当に役に立った!)。このような例は誰しも経験していることでしょうし、私自身もマンガ、映画、小説などなど。

しかし、当時の上村少年はというと、

よーし、将来の英語の勉強に役に立つからアメリカのプロレスでも見るぞ!

俺が洋楽を聞いているのは英語の語彙やリスニング力を向上させるためだ!

といった思いは当然ながらありませんでした。単純にカッコいいからプロレスを見ていましたし、トラックやフローが好きだから洋楽(特にHIPHOP)を聞いていました。なので、自分が好きなことや興味のあることに熱中することは良いことです。ふとした瞬間に学校や塾での学習内容と自分の好きなことや興味のあることとリンクすることがあるのです。そしてそのようにリンクした内容ほど忘れにくいのです。

ただ、だからといって自分が好きなことや興味のあることばかりではダメです。それらと自分がやらなければならないことのバランスをとる必要はあります。

 

理由②「嫌なことでも大人になったらやらなければならない。その練習である。」

確かに教科内容としては自分の将来には直接役に立たないかもしれない。ただ、大人になれば様々な場面で自分がやりたくないことや好きじゃないことでもやらなければなりません。苦手な教科や好きじゃない単元の勉強は、そのための予行演習であると考えましょう。

また教科内容が日常生活で必要に迫られることももちろんあります。どれだけ数学や社会が苦手な人でも、自立したら自分の家計について考えなければならないわけです。そのときには収支を正確に計算する力や社会保険料や税金についての知識があった方が良いに決まっています。自立すると自身で不動産や携帯電話の契約をするでしょう。そのときに国語の読解力がなければ、自分にとって不利な契約を結んでしまうかもしれません。

 

理由③「決められた範囲の内容を効率良く理解して、結果を出すことは必要な力である。」

学校のテストや入試で問われる力の本質は、(範囲の広さの差はあれど)あらかじめ出題範囲が決まっている内容を決められた期日までに身につけて、なおかつ結果を出すことです。これは、これから先のあらゆる仕事や日常の場面で絶対と言って良いほど必要になる能力です。これもまた、将来に向けての練習と言えますね。あと今までの経験上、学習する内容に対して「それってテストに出ますか?」という質問をよくする生徒は残念ながらあまり実力が伸びない子が多いです。 こういう質問をするってことはテストに対する意識が強いから、いかにも伸びそうだとも思った方もいるかもしれませんが、実際はその逆です。それはテストに対する意識が強いのではなく、単に学習意欲が低いから必要最低限のことしか勉強したくないのです。逆に教科内容に関係ないような授業中の雑談にも食いつきがよい生徒は実力が伸びやすい子が多いです。これは知的好奇心が強く、人の話をしっかり聞いている子だからです。   

 

やらなきゃいけないと腹をくくった君へのアドバイス

やらなきゃいけないことが理解できたら、目標を設定しましょう。一言で目標といっても、小さな目標から大きな目標まで様々ありますが、苦手な学習内容については小さな目標(短期的な目標)を設定するのが良いでしょう。「学校や塾の宿題でわからない問題をそのままにしない。」「学校や塾の小テストで合格点をとる」などです。そうすることで、苦手なものでも格段に手を付けやすくなります。

 

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